幽霊でも、一人ぼっちは寂しいらしい

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 二人の目も憚らず、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めた澄に、新兵衛と十兵衛はうろたえた。二人共、女の涙に弱かった。それを”武器”とする女だって知っている。しかし、二人はそれでも、そんな女の涙でさえ乾かそうとしてしまう。それはここ大和の国でしか通用しない甘さだ。十兵衛は、特にそれが分かっていた。だから十兵衛はこの国が好きなのだ。何が何でも守りたくなるほどに好きなのだ。 「だって、だって……、一人ぼっちは、寂しいからぁっ……。幽霊だって、一人ぼっちは寂しい、ですっ……」  澄は新兵衛の懐に飛び込むと、そのままわんわんと泣き続けた。 「参ったな……」  新兵衛は澄の頭を撫でた。通り抜けそうになる手が、澄の頭に沿うように。少しでも、温もりが伝わるように。  柳生城の夜は更けてゆく。空には叢雲。その雲間には、細い月が浮かんでいる。城も山も川も街道も、月光を浴びてまだらな紫に染まっていた。蝉も今は泣き止んで、静かに夜の帳を見つめていた。  光あれば闇がある。 「こんなところまで来たのか、澄……」  柳生城を見下ろす二つ向こうの山の上、ひときわ高く聳え立つ檜の木の枝に、一人の男が立っていた。……男? それは、人間で言えば男性に近い姿だろう。引き締まった胴体からは腕が二本、足が二本、ちゃんとある。真っ黒く染め上げられた着物の上に、真紅の長羽織を羽織っていた。身なりの立派なその腰には、赤い鞘に収められた刀が提がっている。  そして、血のように赤い瞳孔を持つ瞳が見開かれた。 「今度こそ楽にしてあげるとしよう。お前は、もうこの世にいてはならんのだ……」  そう呟いた朱鞘の男の額には、禍々しい長い角が生えていた――
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