柳の下にはやはり幽霊がいるらしい

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「うう……。みんな、まだ俺を見てる……。仕方ない。ちょっとそこの茂みで一休みしていこう」  もにょもにょと独り言ちた新兵衛は、ごそごそと街道脇の茂みへと分け入った。腰掛けるのにちょうど良さそうな切り株があったからである。横には、風に吹かれて妖艶にしなだれかかる柳の木。夏の昼でありながら、そこは妙に薄暗い。足を休めて涼を取るには良さそうな場所ではあるが、切り株の周りの草が立っている様子から、誰もそうしてはいないようだと新兵衛は予想した。新兵衛は「おかしいな?」と思いながらも草を踏んで切り株に腰掛けた。途端、……ザワ……、ザワ……と、命懸けのギャンブルをしているかのような胸騒ぎが新兵衛を襲った。その時、柳の葉がざわめいた。 「とーりつーいたっ」 「は?」  次の瞬間、新兵衛は肩に重みを感じていた。それはひんやりと新兵衛の背筋を冷やす。夏には持って来いな現象だったが、変な汗がぶわりと噴き出たところを見ると、どうやら実際に冷たいわけではないらしい。むしろ不快な感覚だ。 「な、なに?」  驚いた新兵衛は首を後ろに巡らせた。そこには。 「私、あなたに取り憑きましたっ。私を成仏させてくださいねっ」 「はぁ?」  首筋に絡みつく、真っ白な細い腕。耳元で囁かれたにも関わらず息遣いは感じない。新兵衛の頬には、曖昧ながらもやけに柔らかい感触があった。真っ黒な、それでいて輝きを放つまあるい瞳が、新兵衛を覗き込んでいる。長い黒髪はさらさらと、柳のように揺れていた。  それは、美しい少女だった。真っ白な着物をまとった、十兵衛と同じ年くらいの少女だ。少女は新兵衛の背中にしがみつき、そのふっくらとした頬を新兵衛の頬に寄せていた。普通の健康な男子であれば、非常に喜ばしいことだった。だが。 「……お前、もしかして幽霊なの?」 「はいっ。私、幽霊ですっ。名前は澄(すみ)ですよろしくですっ」  はつらつとした笑顔を新兵衛に向けて、そう答えた少女の姿は微妙に透けていた。  ――ここから、剣が嫌いで気弱な〈柳生新陰流剣士〉柳生新兵衛輝賢と、死んでいるのにやけに明るい〈幽霊少女〉澄との、天下を揺るがしたり揺るがさなかったりする珍道中が始まった――
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