助けたいという我儘

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「俺は、戦いが好きじゃない」 「ほう。貴様は剣の道で高名な、柳生一族の者だろう? それが、ずいぶんとぬるいことを言うのだな」  業刹はゆらりとその身を揺れさせた。ゆら、ゆらと揺れる業刹の体は、まるで実体のない霞のような印象を新兵衛に与えている。新兵衛とて、天下一とも言われる剣豪たちの側で生まれ育った者である。体捌きや纏う空気を見るだけで、相手の力量はほぼ間違いなく予測出来た。新兵衛から見た業刹は。  はっきり言って、”最悪”だった。  これほどの”気”を見せる者など、新兵衛の記憶では兄十兵衛か父石舟斎しかいなかった。しかし、その二人をもってしても、この業刹という”魔物”に抗せるのかが疑問に思えるほどだった。 「し、んべー……?」  新兵衛の後ろでは、澄の不安げな黒い瞳が揺れていた。 「ぬるい、か。兄者に良く言われるよ。でも、まさか魔物にまで言われるとはな」  新兵衛がにやりと笑った。しかし、目はまるで笑っていない。見開かれた目は、瞬きを忘れたように業刹を映していた。 「ふ。それは失礼した。では、もう分かるだろう? 貴様は俺には勝てない、と」 「…………」  新兵衛は答えない。これに答えてはいけない。認めてしまえば、後には敗北が待っている。新兵衛はそのことを知っていた。業刹も、新兵衛にそれくらいのことは分かるであろう力量を感じていた。だからこその問いかけだった。命石は通じない。刀でも敵わない。新兵衛に打てる手は限られていた。
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