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「お前、消すとか言われてはいそーですかって聞くのかよ!」
新兵衛は怒っていた。この男が怒る事など滅多にない。新兵衛自身、こんなに腹が立ったのはいつぶりなのか覚えていない。だが、これは澄に対してのものではない。自身の無力さに対しての怒りだ。
「だって。そうしないと新兵衛が殺されちゃうもん。私、そんなのイヤだもん。新兵衛が死んだら、イヤだもんっ!」
「馬鹿野郎! 俺だってこう見えても侍だ! 柳生家の剣士だ! 死ぬことなど怖くない! 俺が怖いのは、誰も助けられないことなんだ! さぁ、分かったらそこをどけ! 俺の後ろに隠れてろ!」
「そんなの全然分かりませんっ! そんなの新兵衛の勝手じゃないですかっ! 新兵衛の自己満足の為に、目の前で死なれても我慢しろって言うんですかっ! 助けたいのは、私だって一緒ですっ! 勝手なこと……、勝手なこと、言わないでぇっ!」
澄も、怒っていた。澄の笑顔しか見たことの無い新兵衛にとって、それはかなりの衝撃だった。それよりも、なによりも。澄の言うことは尤もだ、と気づかされている自分にも驚いていた。助けるのは自分の勝手。助けたいという我儘。自分はそれでもいい。だが、助けられた相手はどうか? それで本当に嬉しいと思うだろうか?
全ての解決策は、新兵衛が業刹に勝つことだ。だが、それは出来ない叶わない。新兵衛が業刹に勝つことなど、絶対に無いことだった。
業刹が動いた。
「偽善だな。どちらも」
「はっ!」
「きゃあああああっ!」
業刹の朱鞘から、雷光のごとき青い光が煌めいた。
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