新しい朝

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「それにしても、本当に供はいらんのか? 大名家の者が供も付けずに旅に出るなど異例中の異例だが」 「いいんだよ、兄者。お供なんか、背中の紋所だけで十分さ」 「かっかっか。柳生の息子、裸同然で西国巡り、か。これは諸侯の度肝を抜くことになりそうじゃも。痛快痛快。かっかっか」  準備を整えた新兵衛が、「さて」と行李(竹を編んで作った旅行鞄)を肩に引っ掛けた。 「そんじゃ行くか、澄」  新兵衛が振り返る。そこには。 「はいっ。これから、一緒に旅ですねっ。よろしくお願いいたしますっ」  夏の朝日に照らされた、澄の笑顔が弾けていた。  新兵衛と澄は、柳生城を後にした。二人の顔は、まっすぐ前を向いている。少し出立に手間取ったせいで街道にはすでに結構な人が往来していた。二人は、街道をまたしても阿鼻叫喚の地獄絵図と化しながら、足取り軽く進んでいった。  目指すは安芸の国、厳島神社。神主である佐伯氏に、澄のことを確かめるのが目的だ。手がかりは澄の着る巫女の服のみだったが、なんらかの関係があるのは間違いない。ここに、澄が成仏したがるわけ、そもそも幽霊となってしまっているわけがあると新兵衛は見ている。夕餉の席で、新兵衛と十兵衛が、心の中ですでに出していた結論だった。さらには業刹との関係も、ここに隠されているのではないかと新兵衛は睨んでいた。  二人の姿を見送って、石舟斎が踵を返した。 「……はてさて。あれらが世界を”元の姿”に戻すのか。わしがまだ生きているのは、おかしな話、なのじゃから……」  史実では、石舟斎はこの年の五月に亡くなっている。すでに、武蔵にも出会っているはずだった。今は八月。生きていてはおかしな存在がここにある。だが、これは石舟斎には知り得ない事実のはずだった。  
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