認知症のじじいにラリアート

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「夜分にごめん。宿に着けずに困っていたところ、こちらのおじいさんに誘われたんだ。迷惑だとは思うけど、一晩置いてもらえるかな?」 「それはお困りだったでしょう。もちろん、歓迎いたします。見ての通りの粗末な家でお恥ずかしい限りですが、それでも良ければ是非お休みになっていってくださいな。私は、カクと申します」 「本当にすいません。では、お言葉に甘えさせてもらいます」  存外しっかりとした対応に、新兵衛の方が恐縮した。現代日本であれば恐縮するのは普通だが、今は江戸初期。身分制度が作り出す壁に、現代の常識は通用しない。 「ふにゅ。何を遠慮することがあるのじゃあ。うちは毛利家の姫なのじゃ。泊まってもらえて光栄に思われこそすれ、迷惑だなど不届き千万。即刻土下座させるのじゃあ」 「ですな。其処許は新兵衛殿と言ったかな? 何をそんなに悪がっているのか、拙者には理解しがたい。ささ、星姫。足元が暗うございます。拙者が手を引いて差し上げますので、どうぞ御手を、ささ、手を。お手を! はぁはぁ」 「ふぎゃあ。そちはうちに触るなと、これほど言っておるのじゃあ。うちは一人で大丈夫じゃそちは土下座しておるのじゃあ」 「あっ……」  星姫と侍はカクを押しのけて玄関の土間にずかずかと上がってゆく。カクはよろけて入り口引き戸に手を付いた。澄が「あっ」と思わず支えに飛んだ。しかし、澄に人を支える力は無い。転びそうになったカクは澄に「大丈夫」と微笑んだ。カクは澄が平気らしい。 「乱暴、ですねっ」  澄が二人の背中を睨みつけた。まぁるく膨らんだ頬は、あまり怒っているようには見えないだろう。実際は、結構本気で怒っているのだが。 「ま、あれが普通だろ。大名家の人間が、下々に気を遣うわけがない。大丈夫、カクさん? どこもぶつけたりしてないかな?」  新兵衛はいつも通りだ。澄はそんな新兵衛に、「むぅっ」と唸ってますます膨れた。
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