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ITとは程遠い時間を過ごしてきた。よってITの意味すら知ったことではない。崩れるようにその場に横になった女はたった一枚だけ敷かれた座布団に顔を埋める。暫く洗濯すらしていない病的な香りのする布切れに顔を擦り付けると、まるで息継ぎをするように顔を上げる。
「ネタ! 何か面白いネタないの!?」
雑然と置かれた姿見に己の顔が映っている。目下の隈が色濃く、とても若い女の顔とは思えない。同世代の女子がそれを見れば呻き声を上げるほど酷い顔がそこにあった。
そしてその鏡の中、己から視線を外すと後ろには誰かが立っている。慌てて振り返ると、何者かが玄関で立ち尽くしている。
「おーい! いるんならさっさと返事
しろよ」
この女には似つかわしくない今風の男が呆れた顔で女を眺めている。どうやら扉外から呼び続けていたらしいが、自分の世界に入り浸っていた女はそれに気付かなかった。
「何だよその目、文句でもあんのか?
ほれ、差し入れだ。どうせいつもみたく
まともな物、食べてないんだろ?
政井の分も買ってきたから、後で食べて
くれよ」
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