波兎

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「俺が笠井なら、糸井家と稲村会が共謀し、それらしい会社を食い物にして金をふんだくったと考えるだろうな。しかも弟である卓は捕まりもせず、あの馬鹿でかい家でのうのうと暮らしている、傍から見ればそう思ったはずだ。となれば、奴が卓をマークするのは当然。しかも土屋が何者かに殺され、糸井家でも異変が起こっている。もしそれをなんらかの揉め事と考えたならば、これ以上のチャンスはない。手がかりを見つけるため、奴は糸井宅へ乗り込んだ。それなりのリスクを負ってまでも」  笠井にとっての前身企業の意味は分からない。だがその後の立場を悪くしてまで、笠井自らが糸井宅に入ったのは事実。もし近藤の言う予測が正しければ、笠井はむしろ被害者。笠井もなんらかの恨みを持ち、今も独自に動いている可能性が高くなる。 「奴の身の回りも調べてみたが、随分と片付けられているようで、調べるには時間が足りなかった。意図的に消されたか、それとも知られたくない過去でもあるのか、どちらにしろ胡散臭くはある。だが俺はそんな男をもう一人知っている」 「……忠志さん、ですか」  政井は翔子を一瞥し言葉を濁した。身元を隠して動いていたのは糸井家の人間も同じで、それが責められるものではないことも明らかだった。
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