波兎

16/95
前へ
/1163ページ
次へ
 田辺には聞き覚えがあった。警視庁のデータベースに登録されていた"吉備"の音声データ。特徴的な北関東の訛りが微かに残った声色が田辺の鼓膜を伝って確かに聞こえていた。 「でも裏を返せば、あんたたちもそれだけ追い込まれてるってこと。姿を見せなさい!」 『お前はなにかを勘違いしている。俺は常に一人、足手まといな人間など必要ない』 「……なんですって?」  しきりに周囲を見回した田辺は、受話器を外し「どこにいるの!?」と叫ぶ。しかしそれをあざ笑うかのよう静かに語り始めた吉備は、田辺に最後の言葉を残した。 『残念だが話はここまでだ。五分以内にお前がそれなりの態度を見せなければ、私は仕事を実行する。二度目はない』 「五分以内ですって? ふん、やれるものならやってみなさい。この私が簡単にやられるもんですか!」 『お前が対象だと、誰が言った? 確かお前の味方に、ゴリラみたいな奴がいたなーー』  その言葉を最後にブツリと切れた電話に一瞬放心するも、田辺はすぐに前田の番号をデータの中から探していた。慌てて震える太い指先をどうにか通話のボタンに当て、永遠に思える呼び出し音を聞いていた。数秒後、どこか気の抜けた前田の声が聞こえるなり、田辺は無意識に「逃げなさい!」と叫んでいた。
/1163ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1063人が本棚に入れています
本棚に追加