波兎

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 痛む全身に力を込めた江口は、百キロ近くある前田を持ち上げると、階段の手すりに座らせた。そして「自力で一気に下んだよ!」と叫ぶなり、前田の背中を思い切り蹴り押した。  加速度的に勢いを増した前田の身体は、重力に任せたまま手すりを豪快に滑り下った。後を追いかける江口も、螺旋状に回る手すりから落ちぬよう、どうにか遠心力に抗いながら前田を追った。そしてタイムリミットの五分を直前に、一階まで下りた二人は飛び出すように病院から離れた。 「くっそ、どこにいやがる!? どうせ近くで見てやがんだろ。狙撃されんなよバカ助!」 「こっちの台詞だ馬鹿ゴリラ! 」  あまりに無防備に、そして不用意に転がった前田らの傍ら、無造作に置かれたゴミ箱が爆音を立てて火を吹いた。前田らがそこを下ることを予見していたのは明らかで、どうにか炎を躱した二人は、その場から離れるように病院の駐車場を抜け、隣のビルの物陰に隠れた。江口は田辺から受け取った銃一丁のみを懐に隠し、周囲からの狙撃に注意を凝らした。 「全部お見通しってか!? ふざけやがって、吉備って野郎は預言者か何かかよ!」  隙を突くように前田を抱え走り始めた二人を、数百メートル離れた屋上からスコープ越しに見ている者がいた。米粒ほどにしか視認しようがない男の姿を前田ら二人が判別する方法はなく、ただ一方的に行方を辿られるしか術はない。
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