波兎

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 屋上の中央付近。煙を背負った吉備の背後で誰かが呟いた。ゆっくりと振り向いた吉備は、「別に」と素っ気なく答えた。 「なるほどね、道理で北関東の匂いがするはずだ。生臭えこの匂いは田舎の代貸特有のやつだ」  鼻で笑い捨てた吉備は、屋上の真ん中で仁王立つ男に近づくでもなく、目深に被ったフードを外し顔を晒した。そうして左手で摘んだ煙草の灰を、眼下に浮かぶ大空間に散らした。 「田舎田舎と言うが、お前も北関東の出身ではなかったかな? ……出木よ」  左手の肘から先を失ったのか、袖の先を風に遊ばせた出木は、右手に漠然と日本刀を握り、薄笑いを浮かべていた。 「……ここはあんたの"シマ"じゃないはずだろ。なにしに来やがった」 「そんなことは私の勝手だ。それに、お前は私に意見できるほどの立場か。口を慎んだ方が身のためだ」 「"殺し合い"に身分が必要かい?」  日本刀を身体の中心に構えた出木は、無造作に吉備との距離を詰め始める。しかし吉備が動じる様子はなく、ただ無闇に煙草の煙を周囲に吐き出した。
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