第1章

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その日も目が覚めると同時にいつもの声がアパートの外で叫んだ。 「キチガイが目覚めた!!全員準備しろ!!今日こそ追い詰めるぞ!!」 その声に僕はため息をひとつついてスマホを手に取ると、時間は午後1時をデジタルで表示していた。 全てが生活保護費で構成されている6畳の1Kの部屋。国と納税者に買ってもらったベッドから転がり落ちるようにでると、同じくめぐんでもらっている電気代を気にしながら、エアコンの暖房とコタツのスイッチを入れ、カーテンを開ける。みぞれでも降りそうに寒そうな曇天。それを数秒ながめてまたひとつため息をつくと「恵子はお前の葬式の準備をしている!!!」という声を無視してコタツにもぐりこみ、昨夜買っておいたカフェオレと菓子パンで必要と思われるカロリーを補充しながらTVをつける。 「この低気圧が東に抜けますと北にいる寒気がぐーっとおりてきまして・・・」 恵子とは母の名前である。「声」はその罵倒の言葉によく母の名前をつかう。確かに母とは仲がいいが、しかしいつも疑問に思う。なぜなら父とも同じくらいに仲が良いのに、一度も「声」が父の名前をつかったのを聞いたことがないからだ。そのあたり絶滅危惧種なフロイト信者の精神科医が聞いたら食らいついてきそうな話だが、まぁ僕はもう気にしない。僕の脳が誤作動を起こして聞こえているように思うだけの「声」に説明を求めても無駄だろう。 それにこの病気にかかれば説明のつかない事などいくらだって起こる。だから日本地図のプラカードをつかって、雪の可能性について説明している気象予報士の横の壁に、ピンク色の宇宙の蜘蛛みたいなモノが張り付いていても僕は気にしない。気にしないでムシャムシャと咀嚼した菓子パンを、甘い紙パックのカフェオレで流し込む。僕以外にとってはその壁になにも張り付いていないことを知っているからだ。
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