第1章

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思えばこの病気とも長いつきあいになる。精神医学の発展と共に、投薬治療で多くの罹患者が幻聴も幻覚からも開放される中で、その薬が思うように効果をしめさない僕は、それでも食後は必ず自動的ともいえる手つきで、TVをみつめながらコタツの上の薬の袋にてをのばし、処方通りに薬をちゃんと水で飲む。これまた人様が払った税金でただでもらっている薬なので、申し訳ないといえば申し訳ないのだが、しかし「声」も「まぼろし」も病気が見せ聞かせているのだと、そう自覚できているということは、それなりに薬は効果をあげてはいるのだと思う。そうでなかった時の辛さを考えれば、この病気と「つきあっていける」状況にある今は、かなり楽な状態になったのだ。 もうあんな辛さは味わいたくない。実家の部屋に引きこもって、某学会に心底怯え、そして怒り。外から繰り返される罵倒と、僕を監視していると解らせるために、朝の同じ時刻に窓の下を通るいつも同じ車達。いま思えばそれはただの通勤に過ぎないのだが、その頃の僕にはそうは思えず、僕の考えていることを盗んでTVで繰り返すタレントや、秘密のメッセージを伝えるために書き込まれるネットのスレッド。自分を精神病だと思わせようとする、匿名の光回線の向こうの人々と、それから病院に行こうと誘う両親。思い出せばキリがないが、まぁ一日中窓の下の道をビデオカメラで録画し続けなくてもいいだけでも大分ましだ。あの選挙の日に〇〇党の候補者に殴りかかって、そのまま病院に入れられた事も今では感謝できる。なぜならこうやってボーッと安心して座椅子にもたれていられるからだ。 そして僕はそんなダラけた体勢のまま、コタツの上からスマホをとると、ため息と共にラインを開き、そしてより大きなため息と共にラインを閉じた。これでもう一週間もメイコからの返事がないことになる。返事がないどころか僕の書き込みは既読にすらなっていない。何か気に障る事を言ったりやったりしたのだろうか?だがいくら記憶をたどってもそうと思える事柄は思いつかない。「メイコならオレのアレをしゃぶってるぜ!!!」という「声」は無視して、僕はそのまま背もたれをずり落ちて、よりダラけた、いや、溶けたような体制になった。
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