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「アレナス殿を見つけたぜ。街道沿いに立ち並ぶキシェの根元にひっそりと……」  ほの暗い黎明。中庭で散るキシェの花びらを眺めるために、庭に向く窓は開け放たれている。月でも出ているならば、なお見事に黄色の花弁は金糸の雨と舞っただろう。  その必要もないのに、窓から忍んできた見事な体躯の男は耳元に囁いた。肩には金の花びらが数枚。  美才カリアナにとっては、数少ない特別な情人の一人である。剣を振るう為だけに鍛えられてきた大きな手が、今は繊細に彼を求めていた。 「お前は、本当に罪な人間だな」  夜具に体を横たえただけの肩が、ぴくりと跳ね上がる。 「さて、次はどうして欲しいんだ?」 「……もう、いい……。……ザット、待って……」  悩ましい吐息の中に、声は途切れた。 「よくはない。早いところ俺の体を思い出しておいてもらわないとな。……落ち着かない……」 「…………!」 「痛むのか?」  チッと舌打ちをして、 「あの野郎。潔癖そうな面をして、結構やってくれてるじゃないか」  体を起こし、カリアナの闇にも浮かび上がる銀色の髪をわけた。望まないのなら、無理をさせる気はなかった。昼間の彼には考えられないほどの気遣いようだった。 「誰かと間違えていた。たぶん、あの姫君。  可憐な、純白の花のような……」  ためらう手を取り、カリアナは自分の唇を押し当てた。 「そんな筈はないぜ。お前に体を投げ出されて、他の人間の顔を思い出せるわけがない。  ……本気になるのは簡単なことだ」 「……わたしのせいじゃない……!?」  目を閉じて、言い訳のように、カリアナは吐き出した。  忘れようのないアレナスとの邂逅は、キシェが散る以前のこと。  それは涼やかな、一陣の風であった。
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