「短歌研究」3月号

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プロムナード対談について。 主に現代歌壇における虚構についての議論が盛り上がる。 ことの発端は昨年の短歌研究の新人賞の受賞作が肉親の死であるという虚構についての議論がネット始め、歌壇内部でもかなり盛り上がり、その受賞作品について、というよりは、その虚構性についての議論が盛り上がる。 その対談の壇上に上がったのは、その審査員を勤めたふたりと、そのふたりと時を同じくしてデビューした、ニューウェイヴ歌人。そして、ゼロ年代歌人(司会)。 主にその虚構性についての議論ではあったが、それを看過して受賞作が決まったことへの経緯と説明に追われ、次の世代の歌壇のあり方などについての議論がなされなかったのは、残念。 確かに、まっとうな歌会などで現代歌壇の暗黙知を知ることなく、発表した作品が賞を受賞し、それが手のひらをかえすがのごとくに糾弾の対象となる。しかもことの発端が、審査員のたれ込み。 わたくし本人は、あの作品に必然性があったとは考えていない。蓋然性とか偶然性があったとしてもだ。新人賞の受賞作が決まることへの質の低さを感じている。すなわち、圧倒的な作品に出会えていない。緩い。でも、必然性があったとは、あの連作に関しては思えない。偶然性があったとしても、だ。それだからといって、虚構だからだめという一元論にも賛成できない。頭で考えた短歌が心を揺り動かすとは思えない。それは、登壇されたみなさんの意見と一致している。
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