角川「短歌」10月号より

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写生の名歌 口語二十首として、大松達知(おおまつたつはる)さんがあげられているなかに、小島なおさんの歌がある。 感情を詠む、感情を読む、景をメタ視線で読むという観点から、自分の読みを展開したい。これは、まったくの自分なりの観点であり、実験なのでお許し願いたい。 プールサイドの腕をじりじり蟻のぼるその秒刻に夏の濃くなる/小島なお『乱反射』 まず初句の字余りながら、ちゃんとした表現、ここから夏のイメージが鮮明に写し出されて、展開が始まっている。プールサイド、じりじり、蟻、夏の濃さ。「濃くなる」という「秒刻」の早さ、夏のはじめから真っ盛りになる寸前の一瞬。外のプールでみんなが泳いでいるなか、プールサイドで座っている作者。何人かで座っているのかもしれない。またまたひとり座っているのかもしれない。その作者の腕に蟻。じりじりのぼるという表現のなかに太陽に照らされて火照る肌の感覚と蟻の這い上がる感覚とが、同時に表現されている。そして、その蟻の這う秒刻に空を見上げたら夏が深まっていき、何しているんだろうという感覚と、夏を感じている感覚との相反する複雑さがにじみ出ている。蟻を払おうとかそんなことは関係がない。蟻が好きとか嫌いとか関係がない。ただ、プールサイドで水泳の授業をみている秒刻に、夏の深まりを味わう。自分自身との対話を詠う歌。そんな歌ではないか。若さの感じられる、青春詠のひとつであり、写生の基礎がここにある。
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