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「そういうことだったのか……。だが、私ではシャールの剣を持つに相応しくないということだな。シャールに届くとは思っていなかったが、そう思い知らされるとなかなか悔しいものだ」
途中の試練で危機に瀕したことを思い出してピールが寂しそうに笑う。騎士甲冑に襲われた時、アレスがいなければどうなっていたかなど想像に難くはない。
「別に気にすることじゃねえよ。あの試練を越えられるのは俺か、あとはイオンくらいだ。むしろ昔のシャール相手にあれだけ善戦できたのは誇っていいと思うぜ」
「ありがとう。……ところで」
「ん?」
湯船の気持ちよさに目を閉じて全身で温もりを感じながらアレスが生返事する。
「君が村長殿への報告を偽った理由、当ててみせようか」
「結構」
断固たる硬い声にピールは肩を揺すった。
(アレス、君は本当に優しい人なんだな。君の隊長として、そして勝手ながら君の友人として誇りに思うよ)
「なんだよ、さっきから笑ってばかりで気味が悪い」
「ああ、すまない。そういえばアレス。あの剣を鞘に入れないけどどうしてなんだ?」
「あの剣はシャールから俺がもらったもんだが鞘は違う。あれはシャールのもんだ。それを俺が勝手に使うのは筋違いだろ」
「では何のために鞘を?」
ご尤もな質問であり、誰でも思う疑問を吹っ掛けるピール。アレスは上を見上げ、霧が晴れたことではっきりと見えるようになった空に散りばめられている星々を眺めながら、ぼんやりとした表情で答えた。
「……ずっと一人で寂しがってたやつに持って帰ってやりたいんだ。なんでかな、待たせることの罪悪感というか、待たされた人の寂しさというか……そういうのがわかる気がするんだ。案外、俺は昔誰かを待たせたか、待っていたのかもしれん」
「今だって、君を待ってくれている人はいるじゃないか。君は認めたがらないようだが、我らが王女殿下は君にご執心だよ」
普段から否定するアレスの言葉を先んじて言うが、それでも彼は黒い髪を揺らして首を振った。
「俺を慕うやつなんざいねえよ。前にも言わなかったか? アシエス様は夢に出てきた勇者アレスと俺を被せてるだけだ。俺じゃなくて、『アシエス様のアレス』が好きなんだよ」
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