第五話~白の魔剣~

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 寂しげに笑いながら言われては返す言葉に戸惑ってしまう。ピールとしては、アシエスはアレスを心から慕っていると思う。確かにきっかけはアレスの言う通り夢なのだろう。だが、死を目前にして救われ、その後も親しく接してくれる存在に憧れないはずはない。夢による補正がないとは言わないが、それは些細なものでしかなく、きっかけに過ぎなかった。今の王女アシエスは、ここにいる、素性不詳本名不明のこの黒い男を慕っている。兄として、父として、そして異性として。本人は気づいていないが、年を経て心が成熟するにつれて気づくことだろう。凄まじい求心力を持つアレスの傍にいて惹かれない者はいない。  言明はしないがあれほど男性の視線に忌避感を醸し出していたイオンすらも懐柔しているのだ。 (とはいえアレスは何を言っても認めない、か)  アレスの性格はこれまで共にしてきた短い時間でもおおよそ理解はできているつもりのピールは、これ以上言葉を重ねることはなかった。 「慕われてるっていうならむしろおまえだろ」 「ん?」  首を傾げるピールにアレスはピッと指をさす。湯の中から振り上げたせいで飛沫が飛び、顔にかかり思わず目を閉じながら問い返す。 「何がだ?」 「城の中でも城下でも、性別が女に分類されるやつはほとんどおまえに夢中になってるぞわからんはずがないだろ」 「?」 「……」 「そんな驚愕に満ちた顔をされてもな。そもそも私は騎士として生きることを誇りに思い、この道に一生を捧げようと思っている。そしていずれ戦場で早死にするだろう。私は常にそう明言しているつもりだし、そんな私に寄り添おうとしてくれる者はいやしないさ」 「この朴念仁め」 「そういう君は唐変木だ」 「さっきの話か? だから俺は元々別の人種も相まって好かれづらいんだよ。嫌われないようにするので精一杯だ」 「それは嘘だな」 「嘘じゃない。俺みたいに純真な心の持ち主は嘘をついたことなんてないぞ」  演技らしさを助長するような芝居がかった声で言うアレスに、見た目同様の腹黒が、と内心で苦笑をする。 「君はいつか女性に刺されるだろう。たとえばの話だ。誰か素晴らしい女性が君に好意を示したとする。君はそれに対してどうする? そんなことはあり得ないと断定するだろうが、あくまで仮の話だぞ」
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