140人が本棚に入れています
本棚に追加
ピールを侮るわけではないが、自身に敵うほどピールが強いわけではないことをアレスはしっかりと理解している。そもそもアレスが人間という枠組みにおいて突出した力を有していることは明らかであり、ピールがそこに追随できるほど剣技や刻印術に長けた猛者というわけではない。ピールの努力と才能の積み重ねが彼の百人隊長としての地位と実力を作り上げてはいるが、それでも両者の差は雲泥のそれだ。二人を知っている者ならばどちらが強いかは声を揃えているはずだった。
アレスは、それこそピールには最強と嘯いたり、自分の力はピールには遠く及ばないと村人に言ったりと、看板を必要とする場所ごとに言葉を変えているが、根幹としては自分より強い相手がいることが許せない。自分より強い相手を抹殺するといった殺伐とした感情ではなく、自分が誰よりも高みにいたいという想いだ。
何故かと問われれば、正直わからない。記憶を失う前に何か起因しているのかもしれないが、記憶のない今では確認の取りようもない。
自分より強い者がいることは頭で理解しているが、それでも目の前に更なる強さがいるというのであれば目は逸らせない。
「実は本当の強さをこれまで隠してたんですってか? そういうことなら是非ともお相手願いたいところだね」
威圧感を増しながら湯の中で拳を握る。さっき睨んだ時よりもずっと強いプレッシャーを感じているはずだがピールは平然とした態度を崩そうとはしない。余裕の現れ、というよりかは気にしていないという風に見えた。
そしてピールは普段の優しい笑みを湛えながら言った。
「私達の力の差は君の知っているところだ。私が君に勝てるはずもないし、多分ここで指一本動かそうとする前に君が私の命を奪うことなど造作もないだろうさ。私が言っているのはそういうことじゃない」
「じゃあなんだってんだ」
半ば刺々しい言い方にも嫌な顔をせずに続けたピールの言葉に、アレスは次の瞬間虚を突かれた。
「そんなつまらない理由で人を傷つけることをしないって言ってるんだ。少なくとも仲間には、ね。私は君を友人だと思っているし、君も同じように考えてくれていると思っているが?」
「……はぁ」
二度目のため息が漏れた。
「ん? どうした、盛大にため息などついて」
最初のコメントを投稿しよう!