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自分自身が負ける可能性を少しも考えていない言葉に絶句する。高さ百マータの魔物。そんなものを相手に、剣一つで立ち向かうなど無謀ではなく愚行だ。そもそも相手の大きさに対して刃が短すぎる。致命傷どころか傷らしい傷すら与えられそうにない。アレスの度が過ぎた自信にも慣れてきたつもりだったが、まだまだ順応できたというには早すぎたようだった。
口を半開きにし、目を大きく見開くピールを横目に、アレスは鼻を鳴らしながら肩を竦ませ、馬の進路を曲げて森へ向かう。無意識に馬をアレスと並ばせて曲がっていたのは普段からの訓練や実践の効果だ。
「何か勝算があるのか?」
「俺がやるってこと自体が勝算っつうか、勝ち確だろ」
さも当然のように言うアレスをピールが凝視し続けると、おどけるのをやめ、ため息を吐きながら後頭部をガシガシと荒く掻き毟る。
「勝算なんかねえよ。せいぜい、俺がぶん回しても壊れない頑丈さがあることと、マナの発生源ってことだけだ」
「やはりか。しかし、なればこそ危険だ。そんな不確定な勝利のために、君を危険に追いやるわけにはいかない」
「じゃああの村を見捨てるか?」
「っ、それは……」
アレスに鋭く睨まれ、ピールは反射的に視線を逸らしてしまう。恐怖を感じたわけではなく、後ろめたい部分を除かれて居心地が悪くなったからだ。
「ピールのことだ、どうせ、俺にもしものことがあれば姫様が悲しむとか考えてんだろ」
「ああ……」
「そんなもんは騎士の誰にでも言えることだろうが。戦場に、いや騎士甲冑を身に纏った時点でそれが死に装束になる可能性は大きい。死を恐れちゃいけないなんて言うつもりもないが、危ないから戦場に向かうななんて間違ってねえか?」
「……そうだな」
「心配してくれるのはわかるけどよ」
森の前に到着し、アレスは馬を止めて軽やかに飛び降りる。
「俺だってこの国に、村に恩返しがしたいんだ。俺ができることでしかそれはできない。だから、できることくらいやらせてくれ。俺だって無駄死にする気はないんだ、やばいと思ったらちゃんと引くよ」
嘘だ。アレスは強敵と相対した時、それがルミーラに危機を及ぼす存在ならば、相討ちになってでも倒しにかかるだろう。明るく能天気そうな笑顔を見せられながらそう確信しつつも、ピールは首を縦に振るしかない。
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