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アレスの話を聞いただけではあるが、現状を打破できるのは彼以外にいないのだから。力のない自分が情けない。彼と会って何度そう思わされたことか。
だが、せめてもの騎士の意地として、
「もしも君が危ないと思ったら私も剣を抜こう」
馬から降りたピールは腰の剣に手を添えた。
「おいおい、俺が敵わない相手にピールが挑んでもそれこそ無駄死にだぞ」
「百人隊長として、部下を死なせておきながらおめおめと逃げ帰る不名誉を預かる気はないからな」
「二人とも死んだら誰が城に報告するんだよ」
「二人が戻ってこない時点で何かあったと判断してくれるだろう。そうなればエディ隊長が応援をプレメール村へ向かわせ、巨大樹のことを知るに違いない。……対処が間に合うかは正直不安だが」
「ちょっと待て」
馬二頭を木に括り付け、魔物対策に結界を張り巡らせていたアレスが目を丸くして声を上げる。
「なんでそこでエディ……千人隊長が出て来る?」
呼び捨てにしようとしたことがありありと窺えるが、騎士となった今は少なくとも彼はアレスにとっての上官だ。敬意は微塵も感じられないが、言い方を整えたアレスに思わず頬を綻ばせつつ首肯して見せる。
「話していなかったか。今回の遠征はエディ隊長の発案だ。あの方もやはり、噂程度とは言え大事な国民が困っているという話を聞いて黙っていられなかったのだろう」
「ふーん……」
気のない返事で視線をどこかへ向けるアレス。少し思うところがあったようで僅かに目を細め、馬の荷物から件の白い剣を取り出し、布を包んだまま抱えると首を左右に曲げて小気味いい音を鳴らすと、肩を回しながら森の中へと入っていく。慌てて後を追い、馬達の方を振り返ると、確かにそこにいることはわかるのだが何故かしっかりと視認できない、奇妙な感覚に陥る。魔物から馬達を護るために張られた結界は障壁としてだけではなく、認知させることを鈍くさせる効果も働いているらしい。術刻陣を描くことなく、刻印術に詳しくないせいもあるだろうがピールに術を発動させる予備動作を気付かせずに作り上げられた不可視の壁の効力を察し、愛馬に待っていてくれと心の内で伝え改めて部下の後に続く。
「……魔物が出て来る気配がないな」
それなりに奥へ進んでも猪の魔物が姿を現さないことにピールは疑問の声を上げる。
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