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「魔物か?」
アレスが正面を向く際に表情が引き締まっていた事実に気付けないほどピールも愚鈍ではない。腰の剣に手を伸ばして周囲を警戒するピールにアレスは頷き、
「ただし、猪なんてチャチなもんじゃないぜ」
「つまり……」
「ああ、俺も油断してた。まさかここまで来てたなんてな」
「? どういうことだ?」
さっきから質問してばかりだという自覚はあるが仕方がない。ピールはアレスほど鋭い感性を有しているわけでもなければここでの事情に精通しているわけでもないのだ。
正面を見ているということは左右後方に危険はないのだろう。隣に並びアレスの横顔を覗き込むと、普段は見せたことのない緊迫した面持ちで木々の立ち並ぶ森の奥を睨みつけていた。。
「奴さん、この短時間でさらに領土を広げてやがった。想定外だ。俺達が城下へ帰ってたら、その間に森は消えていたかもな」
「なっ……!?」
正直、アレスも驚いていた。巨大樹の成長は獲物の捕食に加え、植物本来の成長手段である根からの栄養摂取と陽光による光合成がある。さらにマナによって異常性すら自身のステータスにしてしまっている魔物ならば、現実離れした勢いはあると踏んでいた。刻印術を使う者としての感覚もあったのだろう、経験がなくともマナによる影響性を感覚的に想像することはできていた。しかしそれすら上回る勢いに舌を巻かざるを得ない。
(ピールに大口叩いたはいいけど、大丈夫かこれ?)
前回は素手だったとはいえ、今ほど成長する前だった。つまり当時よりも巨大で強力になっている。その時ですら気を抜けば死に至る可能性があった上に、その危険度は確実に上がっている。
布で包むことによって鞘の代わりにした剣の柄を握り締め、首を小さく横に振る。
(何を弱気になってるんだ俺は。確かに必ず倒せるとは言えないけど、俺はセリアンスロープも、白騎士も倒してるんだ。魔物程度に負けるわけがない。白騎士の剣だってここにある。大丈夫だ、大丈夫……)
「アレス?」
動かず喋らないアレスにピールは疑問を呈した。
「何でもない。ピール、もう少し歩けば開けた場所に出る。けどお前は最後の木よりも前に出るな」
「仮に出たとしたら?」
「死ぬ」
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