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簡潔な答えを叩きつける。しかし意外にもピールは驚きや恐怖を顔に見せることはなく、ただ短く「そうか」と頷いただけだった。
「君が苦戦した相手だ、私に何かできるとは思っていないさ」
「まあ、もちろん俺が助けるけどさ。でも今回ばかりは護れるって保証はない。だから――」
「わかっている。君の足を引っ張るような真似はしたくないからな。それにしても、珍しく弱気だな」
「え?」
首を傾げるアレスにピールが微笑む。
「君の弱い部分を私に打ち明けてくれるほど信頼してくれ始めたと、そう解釈していいのかな」
「? ……、ご自由に」
最初はピールの言っている意味が理解できず首を傾げていたが、自分がらしくもなく保証できないなどと弱々しい発言をしたことに気づき、嬉しそうにしているピールへぶっきらぼうに返事する。
恐怖はない。それが失われた過去の結果なのか、今の自分が単に死というものを理解していないのかはわからないが、死に対して不思議と恐れを抱いてはいなかった。ただ事実として戦力が今必要とされているほどに到達しているかどうかを確かめる術はなく、必要な力を未だに把握しきれていないこの体から絞り出せるのかがわからない。セリアンスロープと相対した時は、動きをはっきりと捉えられたし、本気を出せばあの樹木よりもずっと強いであろうシャールを相手取った時ですら今のような不安はなかった。理由にまでは到達できないが言いようのない不安が胸中に渦巻いている。
しかし。
(選んだのは俺だ)
ここへ来ることを、あの巨大樹を一人で討伐することを選んだのはアレス自身だ。やめて帰りたいと言えばピールは二つ返事で了承することだろうが、その後ほぼ間違いなくプレメール村は滅びる。助けられた可能性を捨てて不安から逃げ出すような人間にはなりたくない。
(もしそうなっちまったら、ミミルやクララ、それにイオンやチビと合わせる顔がねえしな)
短く息を吐き、握る剣を軽く放って布を巻き付けた剣身を掴む。そして左手で柄を握ると素早く振り抜いた。
勢いに巻き込まれて払いのけられた布は少し離れた木の枝に引っ掛かり、掲げられた白い剣は鬱蒼と茂る木々の葉の隙間から差し込む僅かな木漏れ日を何倍にもして跳ね返した。神々しく輝くそれはとても魔剣とは思えないほどに美しく、そして力強い。
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