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間抜けにも口を半開きにしてそれを見上げるピールに気付かず、アレスは振り上げた剣を素早く振り下ろして中段に構え剣身を見つめる。
(勝てる。勝つ。俺が剣を握って敗れることはない。力を込めろ。筋肉を戦慄かせろ。マナを存分に振るいまくれ。死神ラモルすら遂には屠ることのできなかった白騎士を斬ったのは誰だ?)
あらん限りの力で柄を握り締める。少しも動じない頑強な柄は、その圧力に喜ぶかのごとく剣身を僅かに発光して見せた。
恐怖はない。不安も払った。
これから先は。
(俺の独壇場だ)
前へと歩を進める。地を踏みしめ、足元を跋扈する木々の根を跨ぎ、全身にマナを充実させ、意識的に全力で武器を振るう用意をする。少し進むと木々の先から光が漏れだしてきた。それが陽光ではなくあの巨大樹の光る果実だと理解し、どんどん強くなる威圧感に口元を歪ませる。苦悩ではなく笑み。
「そうだ、俺は死神だ。例えチビがそれを否定しようが、真っ黒な俺の本質までは否定できん」
「アレス?」
後ろに続くピールが問いかけて来るがアレスは気付かず、そのまま前へ進みながら独り言を続ける。
「死神なんだ。怯えられ、恐れられ、化物の力を持つ俺は人の中では受け入れちゃもらえない。けど、そんな俺すら勇者だなんて言って、喜んで抱き着いてきてくれる奴がいる。飯をくれて兄と慕ってくれる奴がいる。仲間だと認めてくれる奴がいる。親友だと信じてくれる奴がいる」
遂に開けた場所へと足を踏み出す。朝という時間もあり、あの光る果実の強光は陽光に混ざり眩しさはあまりない。そして大地が剥き出しになったそこへ足を乗せた途端に襲い掛かって来る、茶色い大きな何か。
その動きを視認し、焦りを抱かず冷静に剣を振り上げる。せいぜい一マータにしか到達しないその白い剣は、しかし強襲者を十マータ先まで分断し首を二つに作り変えていた。条件反射で手荒く出迎えてくれた、高さ二百にすら到達しそうなそれを見上げ、アレスは吼える。
「そんないい奴らにもらった場所だ! てめえみたいな木偶の坊のせいで奪われてたまるか!」
もちろん言葉が通じるはずもなく、新たな根が一斉にアレスに向かって伸びて来る。上から叩きつけるように、横から吹き飛ばすように、正面から突き刺すために襲い来るそれは、頑強な大盾ですら貫き獲物を殺める力を持っていた。
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