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「なるほどね」
距離自体は十マータ程度のものだったが、アレスは驚きも恐怖も見せることなく、平然としたまま篦(の)を人差し指と中指で挟み込み受け止める。一直線に心臓目掛けて飛んで来たそれを見、樹上を一瞥し、最後に鏃(やじり)に視線を落とす。鋭く尖った金属片にはヌルリと光る液体が付着しており、若干ではあるが鼻に突く異臭を放っている。
「馬でゆったり帰っているところを毒矢で仕留めようって寸法だったわけか。まあセリアンスロープを素手で潰すような奴相手に正面から戦うメリットもないし、何より万が一俺達が生き残った場合、顔を見られたらまずいとでも考えたか……。まあどっちにしろ無意味だったな」
バキッと二本の指に挟まれていた矢が真っ二つに折れ、そのまま地面に落下する。
「裏方やってる癖にこんだけ殺気垂れ流してよく暗殺できると思ったな。え? ちょっと死神様舐めすぎと違うか?」
返事はない。感じるのは殺意よりも怯え。だがその怯えそのものも薄く、殺気自体は消えていない。恐らく彼らはアレスの強さを又聞きしただけで目の当たりにはしたことがないのだろう。
自身の異常性の自覚はある。そしてそれは、剣を振るうまで不安だった巨大樹を斬り倒してはっきりとした。力を持っていても確信が持てない相手を、魔剣の力があったとはいえ一撃で仕留めてしまった。今一度自身の限界を確認する必要がある程の力だ。そして並の人間にはセリアンスロープすら遥か及ばない力量差が存在する。獣人を拳で貫いた人間を見て、そして殺意を向けられてこの程度の恐怖なはずがない。
敵として、そして自分を知らない奴ほど対等に接してくれるというのは皮肉なものである。
一部の者を除いて、だが。
「俺だって人殺しは好まねえし、このまま何事もなく帰ってくれるなら俺も手出しはしない。お前らに指示した奴にも言い聞かせておくから罰を恐れる必要もないぞ。それに」
左手の掌を上に向け、そこに炎を灯すと一気に爆発させた。勢いよく燃え上がる真っ赤な炎は高さ十マータにもなり、鎌首をもたげた蛇の姿を形作る。周囲の温度が急上昇し、急速な温度変化により頭上で水蒸気が発生するが、アレスは平然として木々を見上げて告げた。
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