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「お前らじゃ俺には敵わん。いいか、暫くしたらピール隊長がここへ来る。俺達がここを通過するまでお前らは身じろぎひとつするな。そうすれば俺は手出しはしない。だが隊長が来て、その時お前らが何かしでかす様子を感じ取ったら即座に殺す。俺はルミーラ人でも容赦しねえから」
反応はないが強まった恐怖と戦意の喪失を確認してから左手を握り締め炎蛇を掻き消す。周囲を熱していた高温が嘘のように引き、白昼夢が具現化したかのような事態だった。
(平然とやってるけど、刻印術なのに俺刻印してないよな)
他人事のように考えながらアレスは馬の下へ戻りその傍で仰向けに寝転がる。黒のロングコートがいい具合に地面から体を護ってくれるおかげで存外快適なものだ。
「ふぁあ……慣れないマナの放出で疲れたな。この辺りも訓練が必要か」
大きな欠伸を隠す仕草も見せずアレスは大口を開け、涙が滲んだ目を閉じる。アレスが巨大樹を根の壁ごと斬り裂いた一撃。あれは斬りつける瞬間にマナを乗せて斬撃を拡大する技だった。技名があるわけでもなければアレスの身体の記憶に存在していたわけでもない。記憶を取り戻そうと思案していた時に思いついたのだ。
アレスの過去には戦いが存在する。牙斬を始めとする剣技や体術。強靭な肉体。術刻陣を不要とする強力な術の数々。人間という枠組みにおいては戦うために作り上げられたような出来栄えだ。アレスはルミーラ王国に身を委ね、ルミーラはアレスの力を当てにする、共存状態にあるわけだが、生い立ちが気になるのは他ならぬアレス本人。
戦うことについて考えていけば何か思い出すかもしれない。そんな簡単にいくはずもないことは重々承知の上だったが、何もしないよりはずっといい。
そしてふと考える。剣を振る時に、マナを乗せてみてはどうだろうかと。
その結果が大木の両断。アレスのマナだけでなく魔剣の力に依るところも大きかったが、大成功をおさめたことに変わりはない。剣身にマナをチャージし、振り払うと同時に放出する。恐らくあの技は今腰に提げている支給品の剣では不可能だ。マナをチャージしている段階でその力に耐え切れず瓦解し、鋼が粉々に砕けてしまいかねない。一度道端の石で試した際に、途中でボロボロと崩れたことは記憶に新しい。
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