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銃声に振り向いて少年に向けられた背には、翼も、尻尾も何も無かった。防具は肩当てだけ、剣を持った単身で何の変哲も無い人間である筈なのに少年の目に映った男の背中は山よりも海よりも大きく見えた。剣に纏っている光と同じ光がうっすらと男の輪郭を覆っている。男の体が、地面に伸びた影が長く大きく、巨大な全てを包み込む竜の姿に見えたのは光の錯覚によるものだったのかもしれない。
【緑の閃光】が現れたという情報は出現と同じ速度で戦場を駆け抜けた。耳に入った二つ名の効力は凄まじく、優位に進行を進めていた筈の人間軍が浮き足立ち始める。レモネード国と帝国の国境沿いを進む小隊にも直ぐに連絡が入った。
「怯むな。人間が高々一人増えた、それだけだ」
現場の若い士官は低い声を荒げて兵士達を一括した。乱れ始めた騒音の中に、平静を呼ばんとする一言はざわめきをかき消そうとしたが完全に兵達の不安を晴らすには至らず、銃を握る手にも迷いが見える。
「だが、奴は数々の魔法も、銃弾ももろともせずに突っ込んで来るような化け物です」
兵士が叫んだ。
これが爪や牙、翼を持った明らかに人間とは違う人種の生き物であるのならば兵士達もこれまでの戦のように割り切れただろう。
だが、違う。今この戦場を単身で乗り込み、数々の屍を築いているのは体の作りの異なるそれだけの成果を出していてもおかしく無い存在では無い。自分達と同じ人間だ。
同じ人間にも関わらず、何も恐れず、ただ堂々と敵の前に無防備な姿をさらす信じられない姿は何よりも理解し難い化け物として兵士達の心に虚像を作り上げていた。
「ほ、ほほほほほ報告します」
苛立つ士官が、銃を握る手に力を込めた時、他の隊の様子を見に行っていった兵士が走り込んで来た。息を切らしているようだったが、肺から声を絞り出さんと張り上げた声は甲高く擦れている。
「報告します、【緑の閃光】が――」
緑の閃光、その言葉を待つまでもなく場の空気は張り詰めた。士官が先に銃を構え、続いて一斉に兵士達が偵察兵に銃を向ける。
「な…… 一体何を」
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