プロローグ

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 戻ってきた兵士は何が何だか分からないというように、目を動かした後、何か誤解が起きたのかと思ったのか手を広げて身ぶりてぶりで 誤解があるなら解こうと声を絞り出しながら味方に近づいた。 「撃てええええええええええええ!」  士官の無情な一言がかかり、味方であった兵士たちは一斉に戻ってきた仲間に集中砲火を浴びせる。喉に穴が空き、まず男の声が途切れた。次に右目、そして全身にとめどなく注がれる銃弾。  同じ個所を何度も撃たれ、肉が殺げ落ち、頭が割れる。だが、兵士は『倒れなかった』。地面から数センチのところで足を浮かせたまま、頭を軸にしてそこに『立たされている』。 「無傷、だと」  先ほどまで胸を張っていた若い士官の声が初めてトーンを変えた。最初から浮足立っていた兵士達は銃を構え直すことすら忘れて、偵察兵を見ていた。  偵察兵の頭を掴んでいる手が、煙の合間に見えた。人一人の陰に隠れきれるものではない、鍛え抜かれた肢体が続いて姿を見せる。盾にされた哀れな兵は、煙の鎮静化に伴い投げ捨てられた。  小隊の士官よりもさらに若い男が、剣を抱えて立っている。全身に盾の返り血を浴びているのに気がついてもいない様子で血のついた手で自身の無精髭を撫でていた。 「これが……【緑の閃光】」  赤い血糊でべっとりと塗れた顔の中で細められる瞳は獲物を嬲る捕食者のように爛々と輝き、防具を殆ど身につけない肉は服の下からでも分かるほど不気味にうごめき、躍動していた。この筋肉の男が動けば、閃光が走ればどれだけの仲間が散るのだろう。  目の前にすれば、それがただの人間なのだということは嫌でも分かった。だが、人間だという事実を目にすれば目にするほど、恐怖は増した。  人間なのに、何故自分達はこの存在を理解出来ないのだと。  焦りが、恐れが兵士達を駆り立てる。 「ここで一番強い奴はどいつだ」  死刑宣告を告げる愉悦を含んだ声が問いかける。敵は男であることも忘れ、兵士達は生贄を差し出すように白い目を自分達の士官に向けた。 「な、何をしている早く銃を」  士官が叫んだ時には既に遅く、閃光が兵士達の間を駆け抜けていた。振りあげられる歪な緑の剣が、一際眩い光を発した。  場が凍った。
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