満月

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 月下美人の花の精かと思った。  ――綺麗な男性。  蒼みがかかった瞳は全てを見通せるかのように澄み切っていて。  艶やかな髪は満月の光を受けて煌めいている。  肌の色は日本人形のような白磁だ。  しかし、端正な面立ちは全く感情を映していない。  完璧に無表情な顔面が、静香に向けられていた。  それこそ、石造花の咲かない蕾のように。 (笑ったら、とても綺麗なんだろうけどなぁ…) 「…娘」 「は、はい」  静香が返事をすると、狩衣の男は袖に入れたままの静香の右手首をコートの上から掴み、カッターナイフをとりあげた。 「凶器を仕込むな」  刃をしまって、静香に返しながら首を傾げる。 「これを持ち歩かなければ、安心できないのか?」 「…そりゃあそうですよ」  静香は体勢を崩して武器を受けとった。このひとは大丈夫そうだ。 「じゃなきゃこんなもの、邪魔なだけですよ。世の中物騒なんですから、正当防衛です」 「そういうものか?」 「そういうものです。警察は信用なりませんから」  静香が言い切ると、狩衣の男は顎に手を当てた。 「……ひとは…」 「?」 「ひとは……自己の防衛の為に刃物を持ち出す…他者を、傷付ける……」 「…え?」  男は顎から手を離すと、頭(かぶり)を振った。そのままきびすを返す。 「…わからぬ…」 「え…あ、あの!」  静香はあわてて呼び止めた。ぺこりと頭を下げる。 「助けてくださり、ありがとうございました」 「…、…」  男は一瞬、口を開きかけたが、結局何も言わずに夜の闇に消えていった。    11月の寒い夜の出来事だった。        
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