満月

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(…そう!これだよ!この感じ…)  書店の自動ドアを、何故か一度挟まれながらすり抜けた静香は本の匂いに大きく深呼吸した。  静香の趣味は読書と執筆。しかもジャンルを問わない乱読家(らんどくか)の乱書(らんが)き家。書店というメンタルオアシスに少し元気になった静香はふと入り口近くに見慣れない白い本が平積みされているのに気づく。 「……あ」  それが何の本か分かった瞬間、静香の顔がぱぁっと輝いた。  (暦(こよみ)だぁぁぁー!もう来年のができたんだ!)  早速、手にとってそれぞれの内容を確かめる。 「九星(きゅうせい)は常識として…八卦(はっけ)は?真言は……ああっ、これ符(ふ)の作り方まで載ってる!」  出てくる出てくるオカルト用語。  成長期の女の子がオカルトに興味をもつのはよくある事だ。大抵の女の子はタロットカードなど西洋風のオカルトだが、静香は母が「小説 陰陽師」や「漫画 陰陽師」などを図書館から借りてきていたのを読んでいた為、「陰陽思想(おんみょうしそう)」などのいわゆる東洋風のオカルトに傾いていたのだった。  物書きが興味があるということは、もちろん調べるということで。  それは静香も例外ではなく、できるだけ安く、そして正確な知識を独自に集めている。  二日前に変質者から助けてくれた男が纏っていた着物の種類が分かったのも、陰陽師がよく着ていたとされるのが狩衣だからだ。 「――これにしよう」  静香は分厚い暦を閉じるとそれをレジへ持っていこうとして―― 「…!」  足を止めた。  視界の隅に、狩衣を捉えたからだ。  もしやと思ってもう一度振り返ると、やはり狩衣。そしてサイドテール。あの後姿は… (あのときの月下美人!)  そっと近づいていくと、彼が何かの参考書のようなものを立ち読みしているらしいことが分かった。ページをめくっているのが見て取れる。  と、視線に気づいてか、彼がこちらを振り返った。目が合うと同時に、低い声が耳に届く。 「……お前は…真夜中の娘…?」 「あ…」  やっぱりあの人だった。 「お久しぶりです。覚えていらしたんですね」  静香は彼の隣に来ると、参考書を覗きこむ。 「これ、何の本ですか?」  彼は本を閉じて、静香に表紙を見せてくれた。  表紙の文字を見た瞬間、静香は目が点になる。 ―――ビジネス文書実務検定一級。
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