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――切なそうな表情とは裏腹に、私の手を引く呉さんの力は強かった。
そして無言のまま、早足で帰路を辿る。
「く、呉さんっ?は、速くない?」
脚のリーチがあまりにも違い過ぎて、呉さんのスピードについていけない私を知ってか知らずか。
呉さんはスピードを緩めることなく、力強く私の手を引っ張る。
その様子に違和感を覚えながらも、それを口に出すのは躊躇われる。
そういう空気が私たちの間に居座っていた。
家に着くと、呉さんは手を繋いだままジャケットのポケットを探り、キーケースを出して鍵を開ける。
ほぼ走っているような状況だった私は、息を整えるので必死だった。
うっすら汗ばんでいるのは、きっと夏の訪れが近いということだろう。
ドアが開かれるのとほとんど同時か、と思うくらいの速さで家の中に引っ張り込まれる。
そのまま玄関の廊下に押し倒された。
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