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卵は調理台の上から、じっと親子鍋の中を見つめていた。
(もうすぐ僕はあの中で父さんの体を包み込むんだ)
その時のことを想像すると、心臓が驚くほどドキドキと早鐘を打つ。
いつからだろう、卵が父親にこんな感情を持つようになったのは。
だが、卵が父に抱く想いが一般的に許されないものだというのは、まだまだ未熟な卵でも知っている。だからこの気持ちは絶対に父に知られてはいけないのだ。
卵は気持ちを落ち着かせようと、胸の上に拳を置いて、ゆっくりと深呼吸した。
(父さん…………)
「――――おい、お前の息子、またこっちを見てるぞ」
「ああ」
テーブルの上に転がりながら、玉ねぎが顎で調理台の方を指した。
「気づいてるんだろう? 応えてやればいいのに」
「ああ……私も卵のことを可愛いと思っている。だが、やっぱり卵と私は親子なんだよ」
玉ねぎの隣で鶏肉が切なげな表情で調理台の方を見つめた。
(そう……あの子と私は親と子の関係だ。美しく成長したあの子に私が特別な感情を持つようになったとしても、あの子が私に向ける視線に込めた気持ちが私と同じものだとわかっていても、親子関係である私たちにはどうすることもできない)
応えることができないとわかっていながら、思わせぶりな態度をとるのは返ってあの子を傷つけてしまう。
鶏肉は息子である卵からの熱い視線を感じるようになってからは、わざと素っ気ない態度をとるようにしていた。
「全く、お前は昔から素直じゃないんだから」
玉ねぎは鶏肉とは同じ産地で旧知の仲だ。鶏肉が変なところで真面目で、こうと決めたら譲らない頑固な一面を持っているのもよく知っている。
「いいんだ。私はあの親子鍋であの子に包まれる、それだけで十分なんだよ」
無理して笑顔を見せる鶏肉に、玉ねぎは肩を竦めた。
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