第六章 二体の魔物

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 戌の刻 料亭の玄関前 「おや、辰巳屋さん今日はもうお帰りですか」 店を出ようとしていた又五郎に声を掛けてきたのはこの料亭の主人久兵衛だった。 「これは久兵衛さん。ええ、笹島様との話は終わりましたので私は一足先に失礼しようと思いましてね」 「そうでしたか。辰巳屋さんにはいつもご贔屓頂き感謝しております」 「こちらこそ、いつも無理を聞いてもらって助かります」 「笹島様のお部屋にまた後でお酒を運んでおきますね」 「いや、今日は笹島様はもうお酒は結構だと思いますよ」 「おや、そうですか。どこか具合でも悪いのですか」 「いやそう言うわけではないのですが、今日私が連れてきたシヅノが松前の出なもので笹島様が意気投合されたご様子だったので暫く二人だけにしておいたほうが良いかと思いましてね」 「なるほど。うちにとっても笹島様は大切なお客人ですから野暮な事には立ち入らないほうが良さそうですな」 「そういうことです」 そう言うと二人は示し会わせたかのように黙って頷いた。そして又五郎が久兵衛に再び話しかける。 「あ、そうだ。久兵衛さん、よろしければこれをどうぞ」 そう言うと又五郎は久兵衛に風呂敷包みを差し出す。 「これは?」 「いえ、最近ことのほか寒くなってきたものですからね。暖かい羽織物でもと思いましてね」 「私にですか」 「ええ、ぜひとも久兵衛さんに着て頂ければと思います」 又五郎はそう言うと風呂敷包みを開け中身を出した。
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