断命思想者と無意識英雄者

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断命思想者と無意識英雄者

 楽だな、とは思ったことはなかった。生きる、という行為が私には難しかったからだ。いつだって私は人に支えられてきて、人を支えてきた。それは生きていく過程で必ず繰り返し生きていく。それが人間としての最大のマナーだ。 私は冷えた指先に息を吹きかけた。暖かくて儚かった。 「もー、ダメだわ。」  頭で処理しないうちに放たれた言葉は誰にも届くことなく消えた。だが耳には痛いくらいに残っている。「ダメだ」その言葉は消えることなく胸に居座る。  私は大きく息を吸い込んだ。だが、鉛色の空のように吸い込んだ空気は、肺の中で重く鉛へと変わる。落ち込んでいるわけでは断じてない。ただ素直になれない不器用な性格が災いして、おまけに無意味な悲しみまでもがでしゃばるのだ。  悲しみなんて弱さだというのに。弱い人間は 「辛い」と言葉を揃えて、涙を零し膝をつく。強い人間はそれを糧として立ち向かうことだってできるというのに。悲しみは弱さ だ。そして涙はその極みだ。私はそう胸に刻み俯いた。  弱音を吐く代わりに息を吐き出した。温かな体内から吐き出された息は、白く夜空に広がり凍えて消えた。だが変わらず鉛は肺の中に居座る。この息をゆっくりと吐ききってしまえばきっと、体は軽くなるだろうに。  その時ふと、駅前で寒そうにマフラーに顔をつっこむ友人を見つけた。不覚にも何かが 込み上げてきそうになった。私はそれをぐっと押し込めて友人の元へと歩みを進める。 「ごめん。待っててくれたの?」 「うん。時間帯同じだと思ってさ。」  私が「ありがとう」と言う前に友人は「おつかれさま」と笑った。それが偶然だとしても、その一言に救われた気がした。うまく笑えてるかな、なんて思いながら眉を垂らし た。 「帰ろっか。」 「…うん。そーだね。」  何も言うことはなく道を歩む。ただ友人は楽しそうに鼻歌を歌いながらニコニコと笑っていた。私はそんな友人に少しだけ顔を歪めた。
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