蟇 轍のあとの 骸哉

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哉: かな。終助詞。「か(係助詞)」と「な(終助詞)」の複合語。文末で詠嘆・感動を表し、特に和歌・俳句では切れ字となる。 漢字綴は、何より中句の仮名綴(特に「あと」)を際立たせた詠嘆を、俳句全体の字綴に示すため。かつその上で、過酷な現実への悲痛な嘆きばかりでなく、その現実の中からこそ汲み取れる一筋の望みをも、読解されたし。 この句における最重要な主題は、生死を仲立に永劫回帰し続ける「生命それ自体」である。生殖による生命の継承・連鎖や進化による環境適応・改変はもちろん、栄え華々しい人為の結実たる文明さえ包含した広範な生態系もまた、副次的動機の一つに過ぎない。 実際の現象では、蟇の活動もその非業の死も、啓蟄に限定されるものでない。にも関わらずこの句で敢えて限定したのは、余りに残酷で悲痛な現実の真っ只中においてさえも確固たる救いを希求せんがために、外ならない。即ち、個体の死があっても生殖を通して種の中で、種の絶滅があっても進化を通して生態系の中で、生命それ自体が継承され永劫回帰していくことに鑑み、非業の死を遂げた蟇もまた再生する生命の道の途上にあったことが、啓蟄に象徴され表れるのだ。 なお、北半球温帯以北では啓蟄の時節がキリスト教復活祭前四旬節の最中に重なる。故に、キリスト教思想の根幹を成す「死と復活」について想念することは、可能である。
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