見殺し

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しかし彼は何故か、その行動が軽薄だとか、愚かだとか思えなかった 彼は思った 『この人は、何かの思いを抱えて誰かに話したいと思いながら一人でビールを飲んでたのか』 彼は男の物と思える何本ものビールの小さな空き缶を見てあわれなような気持ちさえ感じた 男はそんな彼の気持ちを知るか知らぬか話を続けた 「彼女の親から逃げて、この街で家庭を持ちました そして娘が生まれました 妻に良く似た聡明そうな目の大きい可愛い子で 一番幸せだったなあの頃が」 男は涙ぐんだ 彼は早く帰らなきゃならないのに、何故か男のそばを離れ難かった 同じ娘を持つ父親として彼はその男に共感した。 男は言った 「その娘がですね 日本でも有数の出版社の入社試験に合格したんですよ」 「それはおめでとうございます」 「それが今日入社式で」 「えっそれじゃあ、お祝いじゃないですか これから娘さんと合流なさるんですか」 彼がそう言うと男は暗く沈んだような顔になった そして一言言った 「あなたは自分の先祖を憎んだ事ありますか」 「先祖ですか、否先祖がいたから私があるわけで」 男は感慨深げな顔をして
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