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それにしても、現実感がない。
希玖はちょうど自分の横を通り過ぎる車内販売の女性の声に耳を澄ませながら考えた。
清潔感のある装いをした彼女達は、常に同じ笑顔、同じトーンで同じ台詞を繰り返す。
それを聞くと、希玖はまるで同じメロディをいつまでも繰り返すオルゴールのように、同じ時を繰り返しているようで、時間の感覚がだんだんと無くなるような気がしてくる。
そして窓の外の景色は、様々な匂いとか、風に揺れる木々の動きとか、そういうものとは一切隔絶されている。
この距離からは人の姿も見当たらない。
だからそれらは希玖が良く知る街並みと似ていながら、それでいて丸っきり作り物のように現実感を持たないのだ。
今自分が見ているのは本当にただのミニチュアモデルであって、自分は元いた場所から一歩も動いていないのではないか。
そんな錯覚さえ覚える。
しかしそれは東京で過ごす時間も同じであった。
そもそも希玖が東京へ足を運ぶのは、ただ単に現実から逃れるためだ。
東京での時間は彼女にとって、新幹線の車窓からの眺めと同様、一切の現実感を持たない。
だから、冷静に考えるなら彼女自身がノーを突きつけるような事でも、非現実の中の彼女は容易に受け入れてしまうのだった。
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