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彼に最初に逢った時、希玖はまだ18歳だった。
あの日の出来事は、切り取られた映画のフィルムのように、希玖の心に鮮やかに残っている。
東京駅に一人初めて降り立ったのは、春めいた生暖かい風が吹きはじめた3月だった。
キャリーケースには一泊分の荷物。
地元ではちょうど良かったコートは、この風の中では分厚過ぎた。
財布の中の三万円は、希玖がアルバイトで貯めたもの。
残りの一万円は母がくれたお小遣いだった。
駅から一歩出ると、車や電車の騒音や道行く人々の雑踏が希玖の耳に一気に飛び込んだ。
耳鳴りのようにキーンと痛んだ耳に一瞬怯んだものの、希玖は臆することなく足を踏み出した。
地図さえあれば、大丈夫。
希玖は地元では道に迷った経験などほとんど無かったため、自分の地理感覚に対して絶対とも言えるほど自信を持っていたのだ。
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