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希玖が顔を上げると、そこに立っていたのが、桂木修(かつらぎ おさむ)という男だったのだ。
今思い出してもその出逢いは陳腐で下らない、べたなロマンス劇の幕開けみたいな出来事だった。
スーツ姿の桂木はうずくまる希玖に向かって優しそうに微笑んで手を差し伸べた。
それはまるで、親とはぐれた子猫にでも話しかけるような温かな表情だった。
その顔を見た途端、希玖は泣きたくなって、吸いつけられるかのようにして、差し出された手を取った。
見知らぬ相手に対して警戒する、という事はその時希玖の頭に思い浮かびもしなかった。
18の若い娘がそれを運命だと感じるには、十分すぎるシチュエーションだったのだ。
桂木はそのまま希玖を目的地まで案内してくれた。
それだけではなく、喫茶店でコーヒーまでご馳走してくれた。
「仕事はいいんですか?」
スーツを着込んだ桂木に心配になり希玖は尋ねたが、桂木は、
「今日は休みに決めたよ」
と、少年みたいな無邪気な顔をして答えた。
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