第1章

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「運ぶの大変そうだね。家まで送ってあげるよ。乗って」 ナオトさんは いつの間にか車から降りてきて目の前まで来ると 必死で掴んでいた買い物袋をヒョイッと持ち上げた。 「あっ…… 大丈夫ですっ……もうすぐ近くなんで」 「それでも、こんなに重くて大変そうじゃん。いいから、乗って」 ナオトさんは私から取り上げた買い物袋を後ろの座席に置いた。 前に屈んでいるナオトさんの後ろ姿を見つめながら 脚が半端なく長いなーなんてボンヤリ思った。 ……というか、大丈夫だって言ったのに 強引だな……。 こんなエレガントなベンツに運んでもらうほどたいそうな買い物ではないんだけど…… 「なにボーッとしてるの?乗って」 ナオトさんが、私の背中を押して車の中に入るように促した。 買い物袋が破けそうだったし、破けた時の惨事を考えたら、ここは甘えさせてもらった方が賢明かも。 「すみません……じゃ……おねがします」 私はペコリと頭を下げると後部座席に乗り込もうとした。 「前に乗りなよ」 ナオトさんは 爽やかな笑顔でそう言うと、助手席のドアを開けた。 「…………」 正直、いくら知っている人とは言え、隣りに乗るのは躊躇してしまう。 でも、ここまで促されて断るのは、ナオトさんに失礼に思えたので、やむなく乗ることにした。 ナオトさんの甘い香水が車内に漂っていて、なんだか落ち着かない。 シートベルトを装着すると、ベンツは発進した。 「家はどこ?」 ナオトさんの澄んだ声が車内に響いて、 私は慌てて答えた。 「ここを真っ直ぐ行って1つ目の信号を右に曲がってすぐの所です」 「了解」 「ナオトさん、この辺よく通るんですか?」 沈黙が居心地悪くて、咄嗟に出た言葉がそれだった。 「いや、今日たまたま通ったんだよ。 はじめはミユキさんだとは思わなくて、通り過ぎようとしたんだけど、 すごい重そうな買い物袋を抱えてるのに目を奪われてさ。 見たらミユキさんだった」 そう言うとナオトさんは、私をチラッと見て思い出したようにハハッと笑った。 私、きっと買い物袋をぶら下げながら必死こいている醜態を晒していたに違いない。 つい恥ずかしくて、意味なく つられ笑いを返した。
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