III

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もう10年…… 長い時間が流れてしまった。 私が出来る事はなんだったんだろう。 あの子に手を 差し伸べてやる事が出来ずに 年月だけがたってしまった。 八重は食器を洗う手を止めて、 流れる水をぼんやりと見つめた。 あの子を明るい日の光の中に 出してあげることも出来なかった私は…… 母親失格。 何度も自分を責めた。 八重は、 ふらふらとリビングのソファーに座って 大きなため息を吐く。 あの日 突然、学校から帰ってきた美波は 大声で 何か叫びながら 部屋に入ってしまった。 その夜 ひどい過呼吸で入院。 その後も あの子は食べ物にも一切手をつけず 部屋の中で 呻き声をあげながら 泣き叫んでいた…… 部屋に入った私に 本棚の本を投げつけた。 差し伸べた腕に噛み付いた。 部屋の中をドタバタと駆け回る音が 一階のリビングに、一晩中響いていた。 学校に電話をしたが 心当たりがないと しどろもどろに 答える担任に 痺れを切らして学校に駆け込んだ。 「何かあったはずです。 美波は、ひどく取り乱して 鞄も持たずに 学校から帰って来たんですよ。 それを、一言、心当たりがないって言葉で 済ませないで下さい」 「子供達にも聞きました。 みんな、知らないと言っています。 ひょっとして…… 下校時に何かあったのかもしれませんよね?」 「だから! 鞄も置いて帰ってきたって事は、 学校で何かあったって事じゃないですか!! もっとよく調べてください! いじめは? いじめはなかったんですか? あの子は、大人しいから…… 先生!きちんと調べて下さい!」 「いじめは 特になかったと思います。 何人か仲のいい友達もいましたし……」 教師は机の上に置いたプリントをぎゅっと握りしめてから もう一度 八重を真っ直ぐに見つめて言った。 「いじめは、ありませんでした」 取り乱している私を見て 眉を寄せて 担任は言った。 「また何かわかりましたら連絡します。 お母様もご自宅で、 娘さんの話しを よく話を聞いてあげてみてください」
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