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さきほどロビーラウンジで引き合わされた彼の印象は予想していた通りだった。
穏やかでクールな紳士──ありきたりだけど、そんな感じだ。
「黒木裕一です。どうぞよろしく」
こうした席に抵抗はないのか、サラリとした淡白な彼の挨拶に少し拍子抜けする。
「瀧沢里英と申します。初めまして」
本当は“初めまして”ではない。
私たちは部門は違えど同じ社の社員で、私の方は彼のことを知っていた。
ついそんな挨拶をしてしまったのは、私にはこのお見合いに後ろめたい動機があるからだ。
でも、彼は社内ではかなりの有名人だけど、私は経理部の片隅にいる目立たない社員。
彼は私のことも私が抱える事情も知らないだろう。
お見合いといっても社内同士だけに形式はくだけたもので、立ち会うのは相手方の部長夫妻だけだった。
夫妻が私たちの仕事のことや趣味に話を振る間、緊張と刺すように痛む良心のせいで、私はあまり彼と目を合わせることができないでいた。
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