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いつもなら無視するそれに思わず応えてしまったのは、ここ数日の亜澄の不在の理由を自分が担っているからだった。
――そう、彼女に悪い部分は何も無い。
――彼女はただ、恋をしているだけだ。一人の女性として、一人の男性に、真っ当に、恋をしているだけだ。 歪んだ恋に囚われているのは自分ひとりで。
だから、その恋の対象である亜澄の為にも、晶は羽山詩織の恋を応援するべきなのだろう。
「亜澄くんの事を教えて」
と、閉店後、近くの深夜ファミレスの席で、彼女は言った。
「言いたくないって、前は断られちゃったけれど、やっぱり、亜澄くんの事が知りたいの」
性格には思い出したくない、という言葉を使ったはずだったが、晶は特に頓着しなかった。
ドリンクバーから持ってきた、薄いウーロン茶の入ったグラスを片手に、ストローで氷をからからと混ぜる。喉を湿らせてから、口を開いた。我ながら、低い、ざらついた声が出た。
「……別に、店で見せてた通りだよ。生真面目で、融通利かないかと思えばそこそこ面白みがあって、……まぁ、悪い奴じゃない。昔から」「その昔の話が聞きたいの」
と、羽山詩織は言った。目の前のグラスにはやはりウーロン茶が注がれている。ただし、こちらは氷なしで、冷房の効いた店内の温度の低さに遠慮したようだ。
晶は、まじまじと羽山詩織を見て、ため息をついた。
改めて見ると、やはり、大変可愛らしい女性である。一五〇センチ前後の身長に女らしい丸みを帯びた肉体、色白の肌は夜の明かりに映え、艶やかな黒髪が面長の顔をより魅力的に見せている。漆黒の瞳は大きく濡れたようで、すっきりした鼻筋にぷくりと愛らしい唇――。
一七〇を超えた身長に薄い骨ばかり目立った体躯、褐色の肌にブリーチで痛みまくった茶髪の自分とは、本当、次元の違う生き物だとしか思えない。「昔の話――は、やっぱり、話したくない」
晶は、両手を広げてお手上げ、のポーズを作った。
「でも、昔の話をしたとしても、羽山さんの亜澄への印象は変わらないと思う。そういう点では首尾一貫してるよ、あいつ」
肩をすくめてグラスを呷ると、羽山詩織は「それじゃだめなんです」と、珍しく思いつめたような声を出した。
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