第1章

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「亜澄くんも、昔の事は大して話してくれない。でも、言葉の端々に、和泉くんの名前が出てくる。そういう時の亜澄くん、すごく嬉しそう。でも、亜澄くんは和泉くんに話しかけようとしない――いつも、毎晩、あんなに、和泉くんの事を見てるのに」  また、だ。晶は思った。  自分の知らない所で、亜澄は自分の事を随分時にかけていたらしい。それは店長にも羽山詩織にも常識のように明らかな事で、でも、自分には全く気取らせず。 ねぇ、教えてくださいよ、と、羽山詩織が縋るような声を出す。  故郷で何があったんです?  何が二人を引き離したんです?  最近、亜澄くんが店に来ないのは、この間、亜澄くんが和泉くんを送って行った事と関係ありますか?  黒曜石のような瞳が濡れる。  本物の男なら、この上目遣いにドキッとするのだろうな、と思わせる視線だ。しかし、晶が目を逸らしたのは別の理由だった。  故郷で何があったのか。  何が二人を引き離したのか。  亜澄は何故最近店にこないのか。  原因はすべて、晶の側にある。  そして不可思議なのは、追ってくるのはいつも亜澄だという事実だ。  距離をとろうとするのはいつも晶。  その距離を縮めようと(?)同じ場所に出入りするのが亜澄。 嫌われて当然なのに、離れられて当然なのに、亜澄はいつも、晶の傍にいようとする。  その理由を、晶は知らない――心配した自分の両親に頼まれた? 幼馴染とは常に共にあろうとする、鈍感さゆえの亜澄の心遣い?  だが、そんなもの、結局は晶を苦しめるだけだと、亜澄は何故気づかないのか。 「デート」  レストランの巨大な窓ガラスに映る我ながら嘘臭い笑顔を見ながら、晶は単語を吐き出した。え、と放心したような羽山詩織の顔。 「するんでしょ、こないだ聞こえた――その時に、聞いてみるといいよ。昔何があったって――亜澄が羽山さんの事好きなら、きっと、嘘をつかないで教えてくれる」  窓ガラスから視線をはがし、羽山詩織の顔を見る。 彼女は、赤だかオレンジだか、とにかく暖色系の顔をしていて、それは効きすぎているともいえる深夜のファミレスの冷房とは好対照だった。  彼女は、ずずず、ともう殆ど残っていないグラスのウーロン茶をストローで啜った。 「何度も、何度も誘って、やっと、OKをもらったんです」  視線は俯いたままで、晶はなんとなく、正面に座った彼女の黒髪のつむじを見つめていた。
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