1人が本棚に入れています
本棚に追加
亜澄は、その要求に、『その時』を思い出すように小首を傾げた。
「……特に、変わったやり取りはなかったと思う。『付き合って欲しい』と言われたから、『他に好きな人間がいる』と断った。『それは大学の女性か』と訊かれたから、『違う』と言った。『自分の知っている人間か』と訊かれたから、『そうだ』と言った。『それは誰か』と訊かれたから――」 そこで、亜澄は晶を指差した。
「『和泉晶』と答えた」
「そこが間違ってる!!」
ドン! と両の拳をカウンターに叩きつけて晶が絶叫したせいで、開店したばかりながらも数人入っていた客がこちらを見、晶は慌てて謝罪した。先ほどより幾分声のトーンを落とし亜澄に顔を近づける。
「お前がそんなことを言った所為で、羽山さんはもう四日も欠勤しているんだぞ。全く、あんだけ期待持たせといて、何で振るんだよ。というか、お前は女が好きなんじゃなかったのか? 羽山さんなんか、お前の好みぴったりじゃないか、折角好かれたんだからこれ幸いと付き合えばいいだろうに何で断る!! しかも断った理由が俺って!! お陰で俺は羽山さんにホモ扱いされた挙句平手打ちの刑だぞ、『店では知らんぷりしてたくせにこの裏切り者』って俺はそもそも裏切ってない、羽山さんの恋の成就を心の底から願ってた!! なのにどうしてこんな事になるんだよ一回お前の頭の中解剖してみたいよ脳みそに宇宙人がカプセルでも埋め込んでるんじゃないかそうだそうに決まってる!!」 一気呵成に鬱憤を吐き出して晶が息を切らしていると、亜澄がくつくつと喉の奥で笑った。
「……何がおかしい」
地を這うような晶の声に、亜澄は変わらぬ表情で答える。
「……晶の弾丸トーク、久々に聞いた」
懐かしそうなその声音に、晶は昔に引き戻されたかのような錯覚を起こして一気に顔を赤くした。まだ自分の性別なんて気にしなかった頃。まだ、自分の恋情なんて自覚してなかった頃。そうだ、いつも自分の隣にはこの寡黙な幼馴染がいて、自分の下らない馬鹿話を延々と聞いてくれていた。
「……うん、晶には悪かった。羽山さんにはフォローを入れておく。俺が勝手に晶を好きなだけで、晶は俺のこと何とも思ってないって」
「いや、だから、そこ!!」 静かに笑い話を終わらせようとする亜澄に、晶はたまらずツッコミを入れた。その大声にまた注目を浴びた事に気づき、更に声を潜めて亜澄を見つめる。
最初のコメントを投稿しよう!