第1章

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 くくっと喉の奥を鳴らして亜澄が笑う。全く、高校時代と全然変わっていない。「亜澄、これからこういう店に来るんなら、もっとドレスコードを気にしろ。Tシャツにジーンズなんて、普通なら追い出されるぞ」  もっともらしく晶が咎めると、亜澄は肩をすくめて上目遣いに水を飲んだ。 「追い出されなかった」 「俺の知り合いだからだ」  晶の強い視線をあっさり無視し、亜澄はグラスを一息に開けた。 「『俺』」  晶の使った一人称に、クスリと笑う。カッとなった晶が怒鳴りつける前に、亜澄は立ち上がって暇を告げた。帰る間際に、ついでみたいに尋ねた。「毎日、何時まで入ってるんだ」  次の日から、少なくとも晶のシフトの入っている日は必ず、亜澄は姿を見せるようになった。入店時刻は一定ではないが、出る時刻は必ず晶と同じか、少し遅いくらいだ。最初はてっきり、何か言われるものと思っていた。何で家出した、今どこに住んでる、給料はいくらだ、エトセトラ。けれど、亜澄はそのどの問いも口にせず、それどころか視線さえ晶に合わせず、店内に入ると真っ先に、最初に案内された奥の席に着く。そして、ウーロン茶を注文して、ちびちび、ちびちび飲む。一見すると酒を飲んでいるように見えるから、周囲から大して浮いてはいない。初日に晶が注意した服装も、次の日からはジャケットを羽織る程度には気が使われていた。 月日が経つうちに、幾人か、亜澄に声をかける人間が現れた。そのうちの何割かは明らかに亜澄をいずこかへ誘っていたので見ていた晶はハラハラしたが、亜澄は平然と会話して受け流していた。晶に、助けを求める視線のひとつも、寄こさなかった。  亜澄は晶を気にかける素振りひとつ見せず、注文は専ら店長にしているようだった。もともと、奥の方の席は店長が注文を受ける事が多い。回転が遅く、しかも舌の肥えた客が多いからだ。その中で亜澄は異色の客といえる。しかし、店長は何の文句も無く、亜澄に接客していたし、晶に接していた。亜澄とどんな会話をしたかを尋ねても、守秘義務、と片目を瞑られる。そう言われると、こちらも一言も文句を言えず、ただ、毎晩のように目の前を素通りし奥の席に座る幼馴染を眺めるばかり。ウーロン茶を舐める幼馴染を横目に見るばかり。「晶くん、カシスオレンジおかわり?」
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