1人が本棚に入れています
本棚に追加
我ながら冷たいな、と思う口調で拒絶して、カウンターを布巾で拭く。グラスを磨いていた詩織は、「そっか、ごめんね」と言って、可愛らしい八重歯を見せた。外にゴミを置きに行っていた店長が店内に帰ってくる。微妙な雰囲気の二人に、はんぺんのようなのっぺりした顔に困惑した笑顔を載せた。
「二人とも、どうかした?」
「いえ。――グラスはこの並べ方で良いんですよね、店長」 詩織がさっと場を取り成す。晶は黙って布巾を水で絞った。手が冷たい。心がもっと、冷たい。
日が経つにつれ、詩織の亜澄への恋情はもはや隠す気も無さそうなほど明らかなものになっていった。飲めないから、とアルコールを断る亜澄に、ならば、とノンアルコールカクテルを奢る。甘党の亜澄は仏頂面ながらもそれに口をつけ、微かに口角を上げる。それを見て、詩織はきゃあきゃあと声を落として、嬉しそうに笑う。
常連客の間では『おや、奥の席でカップルが愉しんでいるよ』という穏やかな傍観がなされていた。晶と亜澄が知り合いと知らない常連客の中には、『詩織ちゃんは晶くんとくっつくといい、なんて言っていたのにさ』と晶に呟くものもいた。それがどれだけ晶の胸を焦がすかも知らないで。
和泉晶と永井亜澄は幼い頃からの友人、すなわち幼馴染だった。
どれくらい幼い頃からというと、小学校に入学する直前、古い潰れかけた酒屋をやっていた晶の実家の隣に、都会から亜澄の一家が越してきて以来だ。
ある朝、ブロロロとやかましいトラックが去った後。幼い晶が苔の生したブロック塀をよじ登り、隣の新築の家に見惚れていると、同じ年頃の子どもが両手に抱え切れているのが不思議なほどの段ボール箱を持って、庭に出てきた。彼がそのダンボールから取り出した古びたサッカーボールや薄汚れた白球、使い込まれた子供用バットは、それでも、碌におもちゃも買ってもらえない晶の目には宝物のように映った。
晶は両目を輝かせて尋ねた。「それ、お前の?!」興味の無さそうにそれらに触れていた亜澄は、やっと晶の存在に気づいて、無表情だった目に興味深そうな色を映した。
「まぁ……元は従兄弟のだけど、今はそうだな。でも、遊ぶ相手がいない。……お前、やるか?」
もちろん晶が、否と言うはずがなかった。
動の晶と静の亜澄。
小二から通い始めた近所の少林寺の道場ではそう対比された。
最初のコメントを投稿しよう!