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それは性格だけでなく手合いの事も指すようで、つい力が入ってしまう晶と、相手の力をうまく利用する亜澄では実力にすぐ差がついた。
しかし、それだけで亜澄を嫌いになる晶ではなく、むしろ亜澄を賞賛してばかりだった。そして亜澄も驕る事なく、晶の稽古に遅くまで付き合った。
「晶は相手に勝とうとするから駄目なんだ」 亜澄は言った。
「相手に手を貸してもらう気でいれば、晶は、俺より強くなる」
学校では、ガキ大将で皆の中心にいる事が多い晶と、教室の隅で本を読んでいる事の多い亜澄が親友同士である事をよく不思議がられた。
だが、下校時刻となって連れ立って歩く二人の表情を見ると、誰もが入り込めない空気を感じ取るのだった。
和泉晶と永井亜澄の仲は、秘密が発生する余地もないくらい親密だった。
その度合いは、例えば、亜澄は晶がいつ初潮を迎えたのか知っている程。例えば、晶は、亜澄の初恋の相手が小学校四年の時に来た教育実習生の女子大生だという事を知っている程。
だから、中学三年生で亜澄に自分の性癖を告白した時も、晶は長年培ったいつもの調子だったし、亜澄も、いつもの調子で受け入れてくれると信じていた。 秘密を共有する時の独特の間合い。静かな真剣な声。相手は自分を受け入れてくれる筈という信頼感に満ちた、けれど若干の不安を残す緊張した空気。
『どうも自分が女として生まれたのは間違いだった気がする』
けれど、亜澄は、放課後の二人きりの教室で、珍しく言葉に詰まった。
晶は不思議に思った。
晶が悩んだ時、迷った時、いつも適切な助言をくれるのが亜澄だったのに。
数分間の沈黙の後、亜澄は言った。
『間違った、とか、そういうのは違うと思う。晶はちゃんと晶に生まれたんだから』
晶は瞬いて亜澄の顔を見た。彼は晶の初めて見る表情をしていた。
それは困ったような、言葉を必死で探して迷子になったような、途方にくれたような、そんな力ない表情で。『――何ソレ。意味わかんない』
そんな表情をした亜澄にも、させてしまった自分にも腹が立って、晶は強い口調で言った。亜澄は、ますます途方にくれた顔になった。
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