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『だって、晶は、晶なんだから。晶が自分の生まれた性別に違和感があるって言うのは、俺も知ってた。晶は全然女の子らしくないし、話す話題も男っぽいのばかりだし。でも、そういう事も含めて、晶は晶なんだから、そう生まれたんだから、間違っている、というのは、違うと思う。いや――言わないで欲しい。でなきゃ、俺は、間違って女の子に生まれた幼馴染を、親友にしていた事になってしまう。俺の親友が、間違って生まれたなんて、俺は、思いたくない』
亜澄にしては珍しく、つっかえつっかえの、分かりにくい言葉だった。そして、晶にとって、許せない言葉だった。『――でも、俺は、間違って生まれたんだって、そう思う』
今度はすぐに返答があった。
『俺は思いたくない』
その時の亜澄のまなざしがまっすぐに自分に向いていた事を、晶は覚えている。その視線の強さを覚えている。その時、自分の心臓が確かにぎゅっと縮こまった事も、覚えている。けれど晶はその時、その理由を、親友に告白を否定された心の痛み故だと思った。
二人の仲は、それ以来こじれた。
同じクラスでも、もう、一緒に帰ったりしなかった。晶は道場をやめた。高校は私立の制服のない学校にして、亜澄と離れようとした。けれど、てっきり県立の進学校に行くと思った亜澄は晶と同じ高校に進学した。決してレベルの高い高校でないそこで、亜澄の成績と真面目腐った外見は大いに人目を引いたが、晶は亜澄に近づこうとは思わなかった。亜澄も晶と知り合いだとはおくびにも出さない態度を取っていた。ただ、亜澄の話題が人の口の端に上るたびに、晶は聞き耳を立てていた。 やれ、上級生に絡まれたのを返り討ちにしたの、絡まれていた女の子を助けただの、その中の一人に告白されたのに、一言で断っただの――亜澄の話題は少し気にすればすぐに耳に入ってくる。そして、中学で絶交した筈なのに、自分がどうして亜澄を気にするのかに気づいた時、晶は家を出る事を決意した。これ以上、亜澄と同じ学校になんて通える訳が無い。ましてや、家を隣とするなんて、耐えられるはずが無かったのだ。
――なのに。
なのに、なんで今、ここに通うんだ、亜澄?
今まで、あえて飲まなかった酒を、飲むようになった。
成人して、バーテンダーとして接客できるようになるまで、酒の味は舌に覚えさせるまい、そう、決めていたのに。
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