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駅前広場を俯瞰できるこの高台に作られた小公園には、太古の空中庭園を聯想させる隔世的趣向が多分に存する――という共通認識が、僕と石鹸との間で何度も確認されている。
「ねえ君、ここが世界の先端だ」
下校途中、僕と石鹸はこの空中庭園に立ち寄って、鮮やかな夕日に殺された緋色の下界を俯瞰しながら、とても静かに会話する。石鹸は夕日を浴びて潤んだその黒眼がちの瞳を僅かに揺らして、普段よりもすこしだけ饒舌になる。彼女の提示する論点はきわめて形而上的である。
・香りに起因する突発的感傷
・季節の変わり目に発生する切なさに似た終末感覚
・言葉が私を形作るのか
・群衆の中でふと感じる孤独の深さ
・月を見たときに感じる潮流的恐怖
・et cetera.
着地点の見えない不毛な小議論のあと、石鹸は首を12°だけ傾けて、ひかえめに寒気がしないか、と言う。これは我々の間にのみ通用する符牒である。
「ねえ君、寒気がしないか」
「すこしね」
そして僕は夕日が沈むまでずっと石鹸を抱きしめている。
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